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水軍

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 4月 9日(日)09時00分58秒
編集済
  「われ破れたり」         清水敏夫

大阪の実家の隣に「九鬼さん」というおばちゃんが経営する喫茶店があった。
この九鬼さんは、14世紀中期、伊勢志摩を本拠にした九鬼水軍の一族と聞く。
九鬼水軍は、今治の能島、来島を本拠とした村上水軍と並ぶ海の武闘軍団であった。

彼らを海賊と呼ぶ文書もあるが、実際は海の警護軍団であり、悪事を働いた記録はない。
本物の海賊から民間船を守り、その警備料として通行税を徴収していたのが誤解を招いた。
九鬼は羽柴秀吉、村上は毛利一族に属し、制海権を握って功をあげた。

九鬼のおばちゃんの喫茶店は、住吉大社前の私の祖父の地所にあり、
豪快で侠気あふれるおばちゃんの気質もあって、界隈では知られた喫茶店であった。
古い付き合いで、隣家でもあるので親戚同様に昵懇であった。

この喫茶店に集まる不良グループと、10対1の大乱闘をしたことがある。
友人が受けた暴力への復讐であったが、、返り討ちにあってボコボコにされた。
満身創痍の私を見た九鬼のおばちゃんは怒り狂い、グループを店に呼びつけた。
「10人と1人では卑怯だ。土下座して謝らないと私が許さない」と激高した。

翌日、10人揃って来宅し、我が家の庭先で土下座して詫びた。
私は初芝中学、グループは浪速中学のころで、両校は同じ南海高野線沿線にあった。
実は挑戦したのは私の方で、小4から習っていた武道の力を試したかったのである。
さすがに、相手が10人では歯が立たず、顔の形が変わるほど袋叩きにあった。

いまとなれば懐かしい思い出で、負けるという経験はいい教訓になった。
以後、正義のために何度か修羅場を経験したが、傷を負ったことは一度もない。
ただし、相手が三人以上なら、その”正義”もかなぐり捨てて逃げていた。
余談ながら、九鬼のおばちゃんは私が成人したころ、尼僧となられた。





 
 

旅の徒然

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 4月 8日(土)09時39分37秒
編集済
  「房総の旅」              清水敏夫

千葉県房総半島、九十九里浜で大好物”ハマグリの浜焼き”を食べる。
この美味さは、徳島阿南のアワビのバター焼き、青森馬門のホタテの刺身に匹敵する。
不思議なことに、美味い店の店員は間違いなく親切で愛想がいい。
逆に、不味い店の店員は浜焼きにしても食えそうにないほど無愛想。

浜焼店の隅に大きな生け簀があり、そこに大量のハマグリが貯蔵されていた。
しばし眺めていると、横の爺さんが「人間って残酷だね」と話しかけてきた。
「海底で平和に生きていた貝を、網の上で火あぶりにするなんて残酷すぎる」
正論かもしれないが、爺さんもたらふく食べた後の感想だけに説得力がない。

風情あふれるローカル電車、銚子電鉄に乗る。
ウワサどおり、駅舎も踏切も、涙が出るほど懐かしい昭和の原風景。
車掌さんがまたいい。少女の面影を残した女性で、制帽、制服、大きなカバンが可愛い。
この車掌さん、運転以外の全ての業務をこなす働き者。ひとめ惚れして写メを撮る。

先月の鹿児島の旅も感動的であったが、
房総半島を余すことなく訪ねた今月の旅も充実していた。
この歳になると、旅の目的は名所旧跡ではなく、美味が優先する。
久しぶりに越前海岸へ、カニ、イカ、甘エビを食べに行くのもいいな。


 

いきざま

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月28日(火)09時45分18秒
編集済
  「アンケート」            清水敏夫

ある出版社からアンケートが届いた。
むろん強制ではないし、個人情報に関わる質問もあったが、
正直爺さんは、全問、丁寧に答えて返送した。
これも職業がら義務のようなもの。

作家の藤本義一さんとFM大阪で歓談したとき、
こんなことをお話しくださった。
「物書きはプライバシーを切り売りする稼業や。
それが嫌やったら、仕事を替えたほうがええな」

私が連載を書いていた大阪日日新聞の文化部長(当時)、
市原安夫さんにも同じことをアドバイスされた。
「恥や外聞を気にしているうちはシロウト。
それを超越したところにプロの迫力が拓ける」

私には隠すほどのプライバシーはない。
それに、この稼業で娘二人を大学まで出し、留学もさせた。
気楽な稼業ではなかったが、この仕事には深く感謝している。
これでプライバシーを守るなんて言ったらバチが当たる。

フリーの物書きは、何の保障もない外人部隊のようなもの。
屈辱やハードスケジュールにも耐え、苦闘の連続であった。
「寄らば大樹の陰」というが、私は何度かの誘いも断った。
功罪の全ては己に帰するローンウルフのいきざまであった。

ああ、わが人生に悔いはなし。





 

返信

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月24日(金)18時16分13秒
編集済
  Tokikoさん

ジャン・ハワードは、ほぼ全曲コレクションしています。
曲名をお知らせくだされば、ご要望にそえると思います。
私は、超レアなストレートカントリーを推薦いたします。

2002年にジャンとナッシュビルでお会いしましたが、
とても優しく、繊細な気配りのできる美しい女性でした。
 

返信

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月21日(火)12時36分25秒
編集済
  竹本さん
お宅から私の家までお車で30分ほど。土曜にでもお越しください。
ビル・モンローは、LP,CD,DVD,セットカートンを含めて、
100枚~150枚あります。探すのに時間がかかり大変ですから、
ご自身でお調べください。コーヒー&ケーキは無料サービスします。
 

返信

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月19日(日)07時24分2秒
編集済
  大野木さん

お送りしたファロン・ヤングのLPは、
お貸ししたのではなく、差し上げたものです。
返却不要ですので、ゆっくりお楽しみください。

 

至福のひととき

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月14日(火)08時54分2秒
編集済
  「黒い円盤は、わが心のふるさと」    清水敏夫

今日から娘一家は、娘婿の里帰りも兼ねて、家族全員でアメリカ旅行。
私は極めて健康であるが、家内の体力が不安で、私たち夫婦は留守番。
約半月、このバカでかい家で家内と二人のハネムーン(なんでやねん)
普段は賑やかな家だけに、家の中は森閑として神秘的(どこがやねん)

私がアメリカが好きであったのは、愛する音楽発祥の地であったから。
その音楽が著しく変貌して、好きな歌手の90%は他界してしまった。
したがって、「グランド・オール・オープリイ」の魅力も色が褪せた。
ならば、アメリカよりも、歴史の古いヨーロッパ諸国の方が魅力あり。

家業の英語スクールも春休みで、家内は17もある部屋の掃除に憂慮。
アルバイト学生何人かに来てもらって、なんとか乗り切ろうと計画中。
私はホコリが溜まっていようが、部屋でラクダが死んでいようが平気。
この機会に、長年の案件である膨大な量のLPを大整理したいと思う。

エジソン黒木が元気であったころは、棚も丁寧に整理整頓されていた。
アルバムリストから、曲目リスト、ジャンルリストまで作られていた。
その代償に、ダブったLPを発見したら持ち帰っていい約束であった。
職業上、私は輸入盤を複数の店に注文するので結構ダブりが多かった。

黒木が他界してからLP棚はカオス状態で、一枚を探すのにも一苦労。
しかし、その「LP探し」が実に楽しい。ヘタな色ごとよりも耽美的。
耽美的というより色情的かもしれない。愛しきものを探して無我夢中。
発見したときは、ベートーヴェン「第九」の気分。まさに「歓喜の歌」

 

返信

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月13日(月)10時33分32秒
編集済
  脇谷さん

鹿児島県の「仙厳園」は行きましたが、
「維新ふるさと館」は行っていません。
次の機会に、ぜひ行きたいと思います。

ご依頼の件は委細を承知いたしました。
マール・ハガードの方もあるでしょう。
 

Marty Robbins

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月 7日(火)17時09分22秒
編集済
  田淵さん

久しぶりのお便り、懐かしく拝読。その節はお世話になりました。

以前、他のお仲間からもマーティのLP蒐集についてお問い合わせがありましたが、
時間がなく、全LPを書き上げるには至りませんでした。

今回は旅行予定の変更で早く帰り、時間が余りましたので列記しておきます。
発売年度は順不同です。

Just Me And My Guitar (BEAR FAMILY)
Rockin' Rollin' Robbins Vol.1 ~2 (BEAR FAMILY)
The Marty Robbins Files Vol.1~5 (BERR FAMILY)
My Kind of Country (Columbia)
The Songs of Robbins (Columbia)
R.F.D (Columbia)
The Drifter (Columbia))
Hawaii's Calling Me (BEAR FAMILY)
Songs Of Marty Robbins (C M H) 2枚組
Gunfighter Ballads(Columbia) 10インチLP
After Midnight (Columbia)
Everything I've Always Wanted (Columbia)
This Music A Man (M C A)
Adios Amigo (C B S)
Elpaso (Columbia)
I Have I Told You Lately I Love You ? (Columbia)
Don't Let Me Touch You (Columbia)
Good'n Country (M C A)
With Love  (Columbia)
What God Has Done (C B S)
Marty Robbins (Columbia)
Own Favorites (Columbia)
Marty Robbins (M C A)
I walk Alone (Columbia)
After Midnaight (C B S )
Greatest Hits (C B S)
Come Buck To Me (Columbia) ※Last Recording

 今回はLPレコードに限定し、CDは省略いたします。
 また、何人かの方からマール・ハガードのリストも希望されていますが、
 またの機会に列記いたします。


 

石橋さん

 投稿者:slim  投稿日:2017年 3月 6日(月)19時27分7秒
  おそらく日本中でWayne Hancockの最大且つ最良の理解者は、石橋イサオ御大です。
お知らせありがとうございました。
 

お礼

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月 6日(月)15時46分52秒
編集済
  Slimさん

石橋イサオさんから電話がありまして、たいへんお喜びでした。
貴兄の予想通りの反応があり、厚くお礼申し上げてほしいとのことでした。
 

お知らせ

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 3月 1日(水)14時06分0秒
編集済
  塾生のみなさんへ

3月の土曜カントリー塾は、予告しました通り、
4日と25日の土曜日は旅行のためお休みです。
4月1日の土曜日も、所用でお休みになります。

それ以外の土曜はOKですが、キャパの関係で、
必ずアポイントメントをとっておいでください。
 

認識

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月28日(火)09時22分8秒
編集済
  「ビル・モンローの威厳」        清水敏夫

サントリーのPR誌「美感遊創」に素敵な文章があって心に留まった。
それは、M.Kさんという方が書かれた編集後記の一節であるが、
「旅の醍醐味は、(知識)が体験によって(認識)に変わる一瞬、その快感にあるように思います」

まさに言いえて妙、感覚的には理解していたが、具体的に文章で表現できずにいた。
旅好きの私は、その新たな認識にゾクゾクする魅惑を覚え、世界を旅してきた。
ナイアガラも、コロッセオも、凱旋門も、その地に立って初めて知識が認識に昇華した。

なかには、札幌の時計台や高知のはりまや橋のように、良くない認識もあったが、
それもまた、虚像と実像の落差を認識する好材料であった。
古人のいう、「百聞は一見にしかず」とはこのことだろう。

私がブルーグラスの創始者、ビル・モンローの来日公演で司会をしたときも、
ビル・モンローの音楽や経歴だけで、ビル・モンローを理解したつもりでいた。
つまり、きわめて独断的な概念だけでビル・モンローを書いていた。

実際に「ビル・モンロー&ブルーグラスボーイズ」と同じステージに立ち、
言葉をかわし、数メートルの距離で演奏を聴き、初めてその偉大さを知識を超えて認識した。
それは、他のブルーグラス音楽家と明確に一線を画す”威厳”でもあった。

総帥ビル・モンローに従うブルーグラスボーイズの揺るぎなきリスペクトであり、
トリッキーなアドリブなどを許さない厳格な「ブルーグラスの定義」でもあった。
その認識を得てから、私のブルーグラス観は変わり、さらにビル・モンローへの畏敬が深まった。
 

最高に魅力的なシンガー

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月26日(日)19時37分30秒
編集済
  「マデリン・ペルー」            清水敏夫

もう一つの私のサイト「無礼講談」http://6016.teacup.com/bizen/bbs? で、
私が,ちあきなおみさんの歌で泣いたという話を書いたが、
マデリン・ペルーというアメリカの歌手は、さしづめ青い目のちあきなおみさん。

マデリンの語り口は、ちあきなおみさんに通じる抒情性とドラマ性があり、
いかなるジャンルの歌でも、彼女特有の感性で3分間のドラマに仕立てあげる。
そのアレンジたるや、画期的な音の構築で、悠然とマデリンの世界に誘い込んでいく。

そうかといって、構えたり、気張ったりといった強引さはない。
きわめて控えめなイントネーションで、まるで詩を詠むがごとき静かな口調で歌う。
まさしく「歌姫」というに相応しい天分の持ち主である。

ジョージア生まれの43歳、暖かい歌声に反し、クールな印象の美人。
ハンク・ウィリアムス、エディ・アーノルド、グレン・キャンベルらの曲も好み、
カナダの小説家&シンガー、レナード・コーエンの「Bird on the wire」で意表を突く。

マデリンはギタリストでもあり、随所に織り込むギターも情緒的。
イントロを聴いても曲名が推測できない。その面白さ、スリルもマデリンの魅力。
ジャズ、フォーク、カントリー、各国の民族音楽などを養分として彼女は存在している。

SECULAR HYMS / MADELEINE PEYROUX (INPULSE)




 

返信

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月26日(日)08時43分50秒
編集済
  松崎さん

ありがとうございました。
重複していたLPをお送りしただけですのに、
お気遣いくださり、申し訳ありませんでした。

湘南には、慶応に通う孫娘が住んでいます。
あのあたりは高校の修学旅行で行ったので懐かしい所です。
確か、カントリー仲間の木崎義二君が住んでいると思います。
孫が卒業するまでに行きたいと思っています。
その節はご連絡いたしますので、お付き合いください。

ありがとうございました。
 

お礼

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月24日(金)10時34分58秒
編集済
  久留米の高橋完行さん

楽しい時事川柳ありがとうございました。
私のメール機構が故障したままで、
ご手数にも、郵便でお送りいただき恐縮しています。

いつも貴兄の川柳で、溜飲を下げたり、鬱憤をはらしたり、
精神の良きサプリメントに活用させていただいています。
どうかご無理のないよう、お健やかにお過ごしください。

再会できる日を楽しみに。
ありがとうございました。        清水 敏夫
 

お礼

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月23日(木)11時22分4秒
編集済
  上地さん

いつも石橋イサオさんをご支援いただき、ありがとうございます。
無理をしないように、つねづね忠告していますが、
本人は、いまだ立命館時代の気分で張り切っています。

彼が20歳、私が18歳のころからのお付き合いですが、
石橋さんは学生時代から、カントリーを生き甲斐に頑張ってきました。
そのマジメさが仇になり、過労にならないか心配です。

私にとって、石橋イサオさんは、わが青春のシンボルですが、
わが国カントリー界にとりましても、かけがえのない至宝です。
今後とも宜しくご支援ください。いつもライブ情報ありがとうございます。



 

お知らせ

 投稿者:上地佳代子  投稿日:2017年 2月22日(水)09時31分16秒
編集済
  12月のライブから少し間が空いていましたが、
またまた登場しましたテネシー・シャンティ・ボーイズ!
後期高齢者、まだまだ健在です。

体のあちこちが痛いの、頭がボケてきたのと、
日々ボヤいていますが、今回も厚いご声援を受けて頑張ります。
もし、ステージで異様な行動がありましたら救急車をお願いします。

今回からメンバーが一人抜けましたが、
その分、しぶとい老人力で乗り切ります。
岡山からの応援パワーをお願いします。

       ☆ 石橋イサオ ☆

     3月19日(日) 2:00~4;00pm
       「レミューズカフェ」
     京都伏見納屋町・寺田屋近く
    TEL 075-622-0014

      With 中村昌三 采野弘和 蔦川 元

           
 

旧き愛しきもの

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月21日(火)10時57分39秒
編集済
  「キティ・ウエルズ」          清水敏夫

「電気ブラン」の影響かどうか、"古く愛しきもの"に強い憧憬を覚える。
最初に手にふれたキティ・ウェルズの収納箱をまさぐると、
まるで、ソロモンの宝箱をあけたような光彩で私を魅了する。
少し色褪せしたジャケットには、半世紀の時の流れが滲んでいた。

キティは、後に [Queen of Country Music] の敬称で畏敬されたが、
そのLPはまだ無名のころで、後の夫君ジョニー・ライトのグループで歌ったもの。
むろんモノラル録音で、ジャケットもモノトーンの粗末なもの。
しかし、若いキティの歌声は初々しいなかに「栴檀は双葉より芳し」の天分が漂う。

「ゴールデン・カントリー」というレーベルからリリースされた連番2枚のLP。
どちらかというとジョニー&ジャックが看板のアルバムであるが、
キティのファンとしては、涙が出るほど貴重なアルバムである。
2012年に他界され、私の名前入りのサインは貴重な宝物となった。

☆ Johnnie & Jack Featuring Kitty Wells       (Golden Country LP-2205)
    KItty Wells Early Classics With Johnnie & Jack  (Golden Country LP-2206)
 

和菓子もいいけどケーキも美味い

 投稿者:清水敏夫  投稿日:2017年 2月15日(水)17時04分53秒
編集済
  「ラテンな冬の夜」           清水敏夫

知人のTさんが「いい音楽を聴かせてください」と高級洋菓子をもってご来宅。
見慣れた包装紙につられ、夜分であったが、満面の笑みで自室に招ねき入れる。
本来、私は夜の訪問者を好まない。夜は100%自分のために活用したい主義。

洋菓子は、甘さを抑えた上品な味が自慢のM店のショートケーキ。
おみやげとは裏腹に、Tさんは生粋のアルコール派で、それもかなりの酒豪。
横浜の小林さんに頂戴した電気ブランを見せると、モーレツに飲みたがった。

しかし、そこはコンプライアンス重んじる私、車で来られたのでお断りする。
そこで、約3分1を小瓶に詰めておすそわけした。
「本で読んだことがありますが、実物を飲むのは初めてです」と興味津々。

音楽はTさん好みのラテン一色。抜群に上手いペレス・プラード楽団から始まり、
ザビア・クガート、トリオ・ロス・パンチョス、ロス・インディオス・タバハラス。
エドムンド・ロスをかけようとすると、Tさんのきついご注文。

「エドムンド・ロスはいいですけど、歌の入っていないのをお願いします」
さすがラテン通を任じるTさん、よくご存じである。
エドムンドのオッサン、編曲はいいが、ヘタな歌で雰囲気を壊す病気がある。


※ 電気ブラン
  東京浅草「神谷バー」の創業者、神谷傳兵衛の洋酒造りにかける情熱により、
  明治15年(1882年)に「電気ブランデー」が誕生しました。
  電気が珍しい明治のころ、目新しいものには「電気○○」と名付けることが流行し、
  この新しいお酒はハイカラなものの代表として人々の関心を集めました。
  また、心地いいピリリとした味わいも電気のイメージにぴったりでした。
  「神谷電気ブランデー」は昭和初期のころから「神谷バー」のお客様を中心に、
  親しみを込めて「電気ブラン」と呼ばれるようになりました。
  「電気ブラン」は、ブランデーをベースに、ジン、ワイン、キュラソー、ハーブ
  などがブレンドされていますが、その配合はいまだに秘伝となっています。
  ”いい酒ほどよくきく”小さめのグラスに、よく冷やした「電気ブラン」をストレートで注ぎ、
  ゆっくりと、旧き良き文明開化の時代に思いをはせながらお楽しみください。

                           (同商品の箱の説明から転載しました)
  
 

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