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『最極の恩寵』

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月16日(火)11時21分45秒
返信・引用 編集済
  新年を迎え新しく歳を重ね、これまでにない幸福感を体験しています。

その根底には、この人生で出会った大多数のすばらしい人々を先頭に、大自然に生息している

様々の動物、植物、鉱物、それに大宇宙の要素等々、その”エネルギー源と無償の愛”に対する

感謝は、自分の貧しい言葉では申し尽しません。

それ以上に、この『NEC 宇宙こっくり亭揚示板』の管理人;こっくり様を始に、竹とりじいさん様、

道探様、エキストラ様、日浦様、かぐや姫様、マカバア様、Angela様、その他の大多数の愛読者

の皆々様に支えられて来ました、心から深く感謝申し上げます。

これまでの、長い7年間の揚示板を1日、1日を読み返して見て、尚いつそうの

”最極の恩寵と最愛”を認識いたしました。


本当に、ありがとう!!!!!!!!!



これから、幾年の地球生命を授けられるのか、私には判りませんが、光と共に一歩、一歩行きます。
 
 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)13時21分34秒
返信・引用
   「何故、この探求をしたのか?』と、書籍の最初に自らに問われています。


  ヘレン・ヴァムバック博士に付いて簡素な情報です。

 『ヘレン・ウァムバック(Ph.D)博士』のことを,モナドが耳にしたのは、1975年の中頃でした。 そして、ヘレン・ウァムバック博士が、それまでの大衆研修による研究結果の記録統計を書籍にまとめて出版されたのが、1978年でした。

ウァムバック博士の研修は、それまでどの心理学者も手を染めていなかった、意識の深層分野の開拓でありました。それも大多数の人々を一同に集めての催眠術の実験研修を複製し上梓した実録記です。

その研修発表の書籍が出版されると、その時代の最端を行くTV番組の司会者Dick Cavett=デイック・カヴット氏による、ウァムバック女史博士を中心に、信頼度の高い心理学者たちと催眠治療者たちの6人を集合した;討論激戦の映像が、最高時間帯に米国中に放送されました。

その翌朝が、さぁ~大変、全州の新聞が大段的に報道したから、TVを見なかった大勢の大衆を巻き込んで、転生輪廻の固定者・不定者の理論議論で一週間は話題に欠くことはなく、それはまるで、経済流通機関さえ中断した趣があったのです。(笑)

振り返ると、現在のアセッションの優劣思想現象など、対等できるものではありません。一人一人の個人的な課題となる転生輪廻の問題なのだから、、、その話題の火種が沈殿するまでどのくらいの歳月が燻ったのかモナドは記憶にありません。
しかし、それぞれの奥深い精神の火種が燻ぶり出し精神治療と医薬治療に、その後大きく貢献したことは明確でした。

さて、その原因になったヘレン・ウァムバック博士の、自己紹介から始まる『生命、生まれる以前の生命』を読んで頂きましょう。
転生輪廻の真偽は別にしても、興味や関心に魅惑されるかも知れません!?



                             ---つづくーーー
 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時57分41秒
返信・引用
  『未知へ開拓』:自己紹介

その1)

 私の探究が言葉となり世の中に伝播するにしたがい、“何故”このような仕事を引き受けたのかと、数多くの質問を問われるようになりました。「何故? 関心をもたれましたか?」
 あるいは「総ての心理学者と同じように、心理科学者として“安全地帯”の枠内にいながら、どうして自分の身を滅すような摩可不思議の世界冒険に突入されましたか?」と、ある記者から親切な質問まで受けました。
 まさに、正統な思想概念を持つている人々からすれば不可解なことでしょう。 それは当然な質問です。自分の身を流砂地帯に投げ込む行為にしか見えません。まったくそうです、なぜこんなことをするのでしょう。
 私がしていることと言えば、「あなたは自分の誕生を、自分で選択しましたか?」 或いは 「あなたは母さんを過去世で知っていましたか?」 または、「あなたは人生計画の目的を持ってきましたか?」

これらのむずかしい質問の解答を、私は長年のあいだ自分自身で探し求めてきたのでした。
 この課題は、しばらく横に置いて;私は大学の新入生に心理学を教えるとき、自己紹介の最初に使う冗談を用意しています。

「もしもですよ、あなた達が101の心理学の学習は退屈だなァと思うのでしたら、自分で教える立場になればきっと分ります。どんなに退屈なのか、その意味がわかるようになります。
殊に、自分の教えに熱意のある教授でしたら、、、、、です。教えてきた10幾年間の時間を“数え”て過せばどうなるでしょう。 みなさんだったらどうなると考えますか?
これは退屈と同棲している状態ですね。ですから退屈と同棲しないひとつの方法は、勉強する時間を決して“数え”ないこと。これが心理学の第一の学習です。 いいですね、”数えないこと“ 絶対にですよ。」

まさにこれは冗談ではない私の“本音”なのです。そこで思い出すのは、かってのスキャナ氏と彼の助手によるテ-マ“最初の洞察を越えて”この苦心の成果による言葉のなかに「行為の改正、たとえば人間の行為が学問理論の深い洞察によって、新しく変化するとは、自分は少しも信じない。それは、自分の仕事を勤めた給料を私が受け取っている限り“報酬と処罰”の行為は、いつでも変更できる妥当な理論の証拠になると考えるからである。」
事実わたくしも、実際に給料を受納している限り、この言葉に関心を持つて同意しています。

 さて、心理学者を私の職業に選択したもっとも大きな理由は、人々に接することにより、人間の心がどのように機能するのかを知りたい切望からでした。でも、そのうちに私が認識してきたことは、心理科学の調査情報の学問だけでは人間が何を考えて、どのように反作用をするのか、精神臨床医師として患者の手助け、あるいは救済は不可能でした。 この不可能ならしめている正体を掴めない無力感で、ときとして苦痛を感じ患者に対して申し訳ない気持ちがありました。

しかし、それは接する患者だけではなく、人間の人生にはいろいろな問題が押し寄せてきます。この押し寄せる問題の“何故”の探究と調査の貯蓄の結果、私はその理論的な苦心を減らす理解を深める目覚めのきっかけになりました。
 では何ゆえに、私はこの調査の実験を開始したかと言えば、催眠術の実践に大学生たちの協力を得ることが出来たこと、そして、私に必要な認識を充分に修得できたこと。それゆえに、徐々に私に確信が芽えてきました。

それから、私が精神臨床医師として患者の治療をするようになると、人間とゆう存在が作りだす彼らの問題点に、非常に魅せられ惹きつけられました。“患者に向ふ医師としての思考”それだけではもう従て行けないことを理解したのです。なぜならば、それは社会的な概念でしかなく退屈すぎる関係であり、相談室で実際なにが起っているのか、そして患者が希望している人間の問題などを、私は真摯に解決することはできないことを認知しはじめたからです。

 私が治療法で診てた、それまでの20年間の精神病治療ケ-スのなかで、二人として同じ人を探し出すことはできません。私が発見したことは、一の問題のケ-スの説明は、それ以上を包含できないこと言うこと。 二人として同じ人を探し出すことはできないと言うことなのです。人間として存在しないと言うことなのです。また、ひとつの問題はひとつの説明の妥当であり、ひとりの人の問題はその人だけの説明であり、ひとつの説明はそのひとりの人だけにしか効果力がないということ。 人間の世界には、二人として同類は存在しないと言うこと。本当の驚きとは各人に特殊性が具わり、その複雑な環境や道程を彼らは選択しながら、努力しながら生きている姿に私は心から深く感動するようになったのでした。

 その感動の意味する度合いが、一般的な精神治療理論は浅すぎるように、私には思われるのです。私が求めてその患者の深い階層に入りながら、その患者の性格に備わる傾向性を探求する場合い“人間は霊的にそれぞれの次元がある”と認めざるをえないことを知りすぎるほど現象してくるのであったのです。

そうして20世紀の私の人生も流れ去り、私もそれと共に文化の波に巻き込まれ、私のこの世の時間も空間も永久に去って行くのです。ただ残るのは避けることのない大きな疑問です。
 「人間は何故に生れ存在するのか?。何の目的のために生きるのか?。何故に人間は努力をするのか?。何故に人間の心は現状に支配され執着するのか?。そして人間は自らの死に意味を求め、苦悩するのか?」 その回答には、誰も納得するようには教えてくれません。

 ここで私が思い出すのは、ある日の80才の高齢に至った母のことです。私の母は霧に霞む頭の混乱状態から、ときたま、その状態から抜け出しては、穏やかに私に哀願するのです。
彼女は恐れ慄く眼で「私は死ぬだよね。死ぬだよね、そうだよね、お願いだから、お願いだから助けて!!!、、、」



                            ---つづくーーー

 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時53分30秒
返信・引用 編集済
  その2)

 この本を読むみなさんと同じく、私も生命の車輪から避けられない愛する人の死に直面したのであります。 母の人生は私の子供のときからまるで花のように咲いていたように思ふのですが、彼女はいま80歳の自分の生命を終えようとしている。 彼女の意識と精神はできることなら、穏やかに優しく人生を折りたたもうとしていました。
それはまるで一日を終えた花のようです。けれども彼女の意識は、自分の曾孫と自分が遊んだ子供時代の仲間と混乱してさまよふのです。彼女の80年間の生活は一回転して閉じようとしているのに、まるで彼女は自分の生活を出直すかのように、ふたたび80歳の経験をはじめから回転しはじめているかのようでした。
しかし、それでもこの曇った美しい記憶は彼女と共に――だがこの時、彼女の意識は敏感にも恐怖に目覚めたのです。彼女は自分が死ぬことを感知して恐怖に慄いていました。

 母は繭に包まれたように安定した、アメリカの中産階級にみづからの一生を生きてきました。彼女はメソジスト教徒で成長し、若いころから神学を疑ふこともなく容認していました。
人間らしい正しい道とは、キリスト教義の意味をいつもいつも立証することでありました。それは他の人々への善き行為と日曜日に教会へゆくことであり、そうして権威ある神父を信じ、彼の達練した聖書の解釈を聞くことが自分を守る要塞でもあったのです。

 しかし、霞みゆく彼女の意識を打ちのめる“死と言う現実が訪れた瞬間に”、はっと自分で気づいたことは、“死後の認識不足”による恐怖が自分を守る要塞を破壊しました。
私はいとしい母に慰めの言葉を伝えて彼女の不安と恐れを消滅してやれることは、少ないもので、ときたま彼女に問はれるまま、聖書の一節を選び強調された永遠の生命を読みますが、母はそれを聞いている様子ではありません。年老いて骨ばかりになってしまった母の手が、聖書を読んでいる私の手をしっかりと握るのです。その彼女の眼は再び不明瞭な世界に流れ去ってゆく、、、、。
 それから四週間の時間が流れ母の肉体は昏睡におち、死ぬ三日まえ母は最後の言葉を残して、公認の生命を終予し、あれほど死を恐れていた彼女は、この世から影のように去りました。

 しかし、死とは一体どうゆうことでしょうか?。
私たちが死んで自らのすべてが無になるのであれば、どうして私たちは生まれてこなければならないのでしょうか?。この哲学的な謎は歴史を賭けて記録されてきたことであり、そのような僭越した最極の解答えなど、私にあるはずはありません。
この謎への探究が私の情熱を燃やしつづけてきた根底を支えていることだと思うのです。
それは自分への解答として、あるいは死と言う手応えのない根源の挑戦でもありました。

 私の母が生れたのは1884年でした。 彼女の世界は注文どうりの安定したものであり、彼女の時代は無条件に急速な技術発明の近代化に突入しいたのである。それは穏和なものであった馬車とかプロテスタント時代と、自動車、ラジオ、テレビ、電話、日常用品、飛行機の旅行に生活様式が豊かになつても、別にそれらは彼女の生活に矛盾の入る余地などありはしなかったのだ。この発展は人々を教化しながら手に手を取って、すべて住み心地よい生活と豊富な富を築きあげて前進突入力の凱旋が鳴り渡って行くアメリカであったのです。

 彼女は疑いのない、真実に“アメリカンドリ-ム”を生きたのです。 けれども、私は違った世代1925年に生まれました。思い出しても殺風景な経済没落の恐怖は、街角に佇む男たちの顔には悲壮と困難の色合いは暗澹でさえあった。
 緑に覆われた田園調和の中西部で、私は運良く安楽のなかで成長したが、その中西部にも、まもなく産業革命は急激に広大してきた。私の青春時代の住みなれた美しい田園も技術がもたらした荒れた醜悪な生活へと変化したのです。
神々の奇跡で移動する山々をもブルドーザで移行させ、しかし、その山々を切り裂いたあとには採鉱の廃墟だけが残居と化したのです。

 そればかりか、さらに人間は、遠大な空を神々のように飛立って征服へと突進し、広大な世界のあちらこちらの地帯に爆弾の武器で死の豪雨は止むことなく降り注いだ。それはたしかに雷神々であり、古代に信じられていた火山の神々のように雷を落したわれわれは、数限りなく人間を破滅させながら、自らの純真心を忘れようとしました。

 第二次世界大戦は宇宙神のせいでも試練でもない。それは人間の内部に存在する何かが、我らと同類の人種を怒らせ雄大な規模と強烈な欲望が蛮行となり、我らを破壊の道へと暴走させた人間への教訓として残りました。

旧約聖書の教義、“眼には眼を、歯には歯を”これは野生動物が生存するために必要な、かれらの地区範囲を獲得する自然の摂理だと私は理解するのです。しかしながら、人間は馬車馬のような神々となり、科学的な最強の原子を要因として、それまで私たちに無であった原子爆弾を、古い歴史をもった種族へ米国家成就のために“眼には眼を”忠実に実効しました。この思想実践の行き過ぎは、ただただ深い沈思の至りの他はないと、アメリカの良心を錯乱させたのでありました。

 人類の種族にはそれぞれの神々がいて、素朴な観念ではあるが、多少なりとも理解されていたのは宇宙の真理が基であったように思うのです。けれども贅沢になれすぎた私たちは、以前に回帰することはできない神々になり果てたのです。
私たちは壮大な宇宙のなかに存在する生命、真実の自分とは何者であるかを強制されるときに来ているのではないのかと、私は思うのです。

 西洋文化の私たちに、深い智慧を理解したい、持ちたい要望の飢えがはびこってきました。 ある人々は幾千年も続いてきた古い民族宗教の教義に救済の道を求め、彼らは古代の教えによって本来の純真な自分に戻りたいと希むのです。 神秘的な未知の神々により、みずからの信頼を取り戻して、犯してしまった過ちから救済する為での願いなのでした。
そして、その他の人々は、自分が帰依すべきものがあるはずは無いと考えていたのです。

 私たち人間は運よくも推理推察できる動物で、この物質宇宙を理解することができるところまで進歩すると、奇跡的にもこの地球をわれら神々の住む場所にすることに到達します。
だが、そのまえに、神々がしなければいけないことは、自分が何者であるか、どこからきたのか、真実の目的は何なのか、深甚の認識と理解力を獲得することではないのでしょうか?

 親愛なる読者よ、この何故かを探究するために、あえて私は通常ではないことを自ら引き受けたのです。正確な答は解っていません。それでも私が強く信じていることは、この物質界の意識の奥にある実在界の意識を感じるのは、私ひとりだけではないと思うのです。
 私はたんなる精神臨床医師です。でも、私が知るかぎり自らの深い意識を探究すれば、忘却の彼方だと考え違いをしている、自分の深層の内部に燦然と輝くみずからの実在に気づくことができるはずなのです。
 それはまるで、大地の深層岩石の割れめから清水が人知れず大海に流れるように、みずからが流れてゆくべき世界を知るのです。
私が求めているのは、認識されていない、人々のその部分の意識であり、その意識の領域にどのような宝が埋もれているのかの発見すること。それ以外に私が成しえる仕事はありえない。

催眠療法とは、私たちの表面意識に塞がれた領域の潜在意識に呼び掛けることです。その潜在意識にはどのような解答が内在するのか、その内在する扉の内側に出発!!!



                            ---つづくーーー

 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時50分3秒
返信・引用
  一章 探求の方法と調査

その1)

 1978年1月、冬のシカゴは大雪にすっかり包まれていました。
見渡すかぎりの真白い海の上に色とりどりの街灯りが、遠い夢の国に感じられる。市内からはずれた郊外のモテルの建物は3フィ-トの雪に取り囲まれ、私の催眠研修会には絶好の静寂な夜でありました。
 大吹雪の夜にもかかわらず参加者全員が集まり、分厚いカアペツトの床に毛布を敷きそのうえに寝ながら、みずからの生まれてきた存在理由の探究を彼らは待っている。室内の明かりが薄れると、室内の空間はよりいっそう静まり、聞こえるのはかすかな暖房機の音だけであった。室内はほどよく温かく、窓下まで積もる雪の塀に囲まれた趣は、まるで異元的世界でした。

 54名の研修生たちは3時間の逆行催眠の過去世への旅を終了したばかりだ。そのなかの90パ-セントの研修生は、私の指示に従い各々のみずからの過去世を紐解くことができました。
“転生輪廻”の扉を開く逆行催眠について体験の無き人々は、それぞれ多様な考えや、信憑性もあることでしょう。
 しかし、この研修生のなかには真実の自分を探し求めたい意欲に駆られ、2時間もかけた距離を吹雪のなかにもかかはらず車を運転して、みずからの意思で参加した人々であります。

これからの彼らは、私の言葉の声に乗って、現在もっとも興味深い、自分の人格を構成している根源を探す旅立ちを静かに待っているのです。
 私が遂に4百回も重ねた逆行催眠変換入導“出産への旅”を開始しなければなりません。自分で学修した言葉は考慮しなくとも、スム-ズに次から次へとテ-プのように流れてゆく、、、

「静かに目を閉じましょう。目を閉じることで気持ちは落ちつきますね。では深呼吸を5回深く繰返します。深く一息すったら、徐々に長く吐き出してください。落ち着いてきたら、あなたの顔の筋肉を緩めます。緩めるとくつろぎは顔面から顎の筋肉に移ってゆきます。それにあなたの顎の筋肉も緩んできました。また自分の舌はゆったりと下口に落ちているはずです。」
 聞きなれた自分の言葉だ。私はかれらの顎の筋肉のくつろぎの具合を見渡すと、彼らは私の言葉に集中している。「顎の筋肉がくつろぎましたら声帯を緩めましょう。言語中枢もくつろぎました。」「そして顎の筋肉から首の筋肉へと下がり、肩の筋肉から肘そして腕へさがってゆきます。とっても緩やかに手首、それから手のひら、指先へきました。もっと深くゆったりとなりましようね。穏やかな、穏やかな気分です。」私の腕も椅子の掛けひじにだらりと落ちる。
 [あなたの肩の筋肉はくつろぎ、胴や腰にゆったりと流れてゆきます。今のあなたの呼吸は規則正しく平静に、」 このあたりになるといつもの通りの呼吸に変わり、私の声も低く深く遅くなりはじめ、沈んだ声音もはっきりと聞こえる。「あなたの腰の筋肉はくつろぎ股から膝の筋肉もくつろぎ、ゆっくりと足から足首、つま先へずっと下りてきました。それでは、これから私が10を数えるまでにあなたの意識は深層部に入ってゆきます。」

 この時点で私が研修生に催眠療法として指示する言葉のほかに、彼らの幸わせと愛の念をテレパシ-で伝えることを忘れません。それから記憶のなかに深く導入してゆきます。このときにきて、室内のある端から誰かの乱れた波動が伝わてきた。どうも不安のようだ。その人にどうか私を信頼してください。すべて安全だとテレパシ-で念を送ると、私の声は低く凛然として数えはじめたのであります。
「一つ、ふかく深く、二つ、もっともっと深く、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十。」 また端の方から咳きが聞こえてきた。さっきテレパシ-を送った人だなァと思ふ。「すべての不安はみなさんの知覚からはなれ、すべての筋肉は緩やかにくつろいでいます。」咳きはやみました。私は続けます。
「あなたの肉体はよりいっそうのくつろぎ、安楽です。それでもみなさんの意識は普通よりもさらに敏感で、自分の伝記にたやすく近づくことができます。よろしいですか、これから自分の思い出のなかに入って下さい。後戻りするのです、逆行するのです。それでは今から、あなたは自分の13才から18才までの一枚の写真を取り出してください。取り出せましたか。取り出したその一枚のスナップに集中しましょう。写っているあなたの洋服を眺めましょう。それが今のあなたなのです。その洋服を着たあなたです。着ている洋服は好きですか?。着心地はどうでしょう?」
 自分が言った言葉と同時に一枚のスナップが閃いた瞬間に、今から40年前の張のある亜麻と絹で織った布で作られたス-ツを着ている自分自身を私は見た。若い時の自分が知っている自分の身体、幾年の歳月を越えて現在の身体は変化しているが、いま記憶のなかの自分は生き返り、そして自分のまぎれもない身体で着心地を感じているのであった。
 「その洋服に、どんな靴をはいていますか?」 私に閃くひと揃いの英国製オツクスフォ-ドのつっかけ靴は気持ちがよい。 床に横たえた54名の人々の記憶に穿いているであらう様々の靴などを、私は想像して可笑しみが横切りった。また長い年月の間に私の忘れていたこの洋服はどうなったのだろうかと一瞬、私は考えた。
遠くに去た時間のなかで、私たちが願えば、それは神秘的にも現実のものとなり現象となり、いまこうして身に着る事ができるのでした。着ている生地はとっくの昔にこの世から消え去ているのにも関わらずに、、、

 そう言えば数週間まえのデ-タに書かれていたことが思い出された。「自分の顔だけしか写真に見えないのです。それでどうしてかなァと私がいぶかった瞬間に、私自身がその写真で着ている洋服を現に着ているではありませんか。それはとてもはっきり生き生きとしている自分でした。なんとも不思議な体験でした。」と研修生は記述ていたのでありました。
「次ぎは、これから記憶の中のにある6才から13才までの一枚の写真を取り出します。いいですか、その取り出した写真に近づいて眺めましょう。その写真は、いつ、どこで写されたのですか?。その写した場所をもっともっと明確に思い出すのです。」その言葉を言いながら、自分自身はアイオア州の祖母の中庭に帰っていた。蘇えった記憶は車庫と庭園、その場所で私の写真は写してあった。

「今のあなたは小学4年生です。みなさんの教室で自分の机に掛けています。窓はあなたの右側ですか?、それとも左側ですか?。先生はあなたの前壇に立ています。その先生の名前が記憶の中から蘇てきたら、それでは先生に何か質問をしましょう。」 私の先生は、ミス.フロ-ストバァグと云う名前だった。この貴婦人のことは35年間のあいだ私の日常生活のなかで横切ったことはなかった。きっとこの人たちも忘れていたに違いない。

 「それでは、これからあなたは記憶のなかの1才から5才までの写真を探しだしてください。写真に写っているその子供の目の中をしばらく視つめるのです。こんなに小さい肉体であった自分を思い出せましたか?。今のあなたは3才です。湯船に座っている姿を眺めましょう。小さな小さな自分の脚,膝、足指、つま先。こんなに小さい肉体の自分をどのように感じますか?。明確に自分の肉体を感じられますか?。あなたはほんの3才なのですよ。」

多くの研修生の記述によれば、この部分がいちばん感動的だったようだ。彼ら自身が子供になって湯船の中で水遊びをして楽しんでいる。私の反応は現在の中年の豊満した肉体にくらべて、とても爽快な生き生きとした新陳代謝の活動の気分を味わうことができた。

 「では、今度はその3枚の写真を横に並べてください。子供時代のあなた、小学生時代のあなた、そして青春時代のあなた。その肉体の変化、洋服の変化、背景の変化、この3つの段階の時代に存在したあなたは、今も心のどこかに存在しているのです。なにか同じものが自分に残っているとすれば、それは何なのでしょうか?。」
それにしても不思議でならないのは、現在の自分が子供となり、今ここに存在していることに奇妙な当惑を感じるのだ。必然的にすべては変化しながら流れゆき、それとともにある時は名前まで変化する。物質が移り変わるすべてのなかで、知覚できる“私”の本質はどこに存在するのであろうか?

「それでは、これからあなたが選んだ三枚の、一枚一枚の写真に自分を認識してください。
自分の一生のある時期の一枚一枚に20秒を費やしてください。子供であるあなた自身と背景です。その写真を写した時代のことを全て映し出しすのです。20秒の間に生まれてから5才までを生きるのです。写真は無限に伸びてゆくことができますね。」
 「今度は、小学生時代の写真の背景と自分自身のその時期のことを、すべてフイルムのロ-ルに映しだしてください。20秒の間に6才から13才までの成長の経験は無限に伸びます。次ぎは、あなたの青春期と背景のロ-ルです。ロ-ルを20秒のあいだ伸ばし、その時代にあなたは生きています。フイルムに生きているあなたの肉体は変わりますが、それはすべて記録に残っています。いいですか、どのように自分自身をいま感じますか?。 あなたの大望や希望、夢などがカメラに収まっているはずですね。それも自分の意識で無限に伸びるはずです。」





                             ---つづくーーー

 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時40分5秒
返信・引用 編集済
  その2)

 「振り返って、それを眺めていると、あなたを代表した18才までの写真のロ-ルに限界はありえません。どのくらい思い出は蘇りましたか。その時代のすべての記憶から少しは思い出すことができましたか?。 自分の過去だと思っている記憶は、あなたの自我意識に教えられた、ただのストリ-でしかありません。 私たちが憶えているものは断片的な過ぎた時代の一切れ一切れ、一糸一糸が一本に織られたものを、私たちは“自分の過去”と考えているのです。
それはちょうど、フイルム編集者がフイルムに鋏みをいれ切り取り、一コマ一コマを一連に続かせて映画を一本化に制作するように、私たちが過去と考えている思い出は未完成の限定物だと、今、よく理解されたことでありましょう。一瞬一瞬が自分の過去です。人を恨む思いのときも、人を善く思ったときも、その一瞬に過ぎ去る時間は過去であります。自分の間違いや侮辱の思いのときも、また誇り高い勝利のときも、悲しみに沈む自己憐憫のときも、すべてがあなたの過去でありました。失われたそれらの限りなきロ-ルの現像は可能であったにもかかわらず、とっくの昔に忘れてしまい、ましてや、自分の選択肢の自由があったことなど、それに気付くこともなく現在まで生きてきたのです。」

「では、今のこのチャンスに気付きましょう。あなたの挑戦は過去にもありました。また未来も挑戦です。あなたが選び記憶している自分の過去も、忘れ去った過去もあなた自身であり、あなたの将来の可能性も、気付きの目覚めも、あなたの選択に関わることなのです。その意味が人間の自由意志なのです。自由意志の選択による現象が現在の自分であります。」

 この言葉を聞きながら、私は何時のころから自分の催眠療法にこの言葉を使ふようになったのかと、ふと考えが浮かんだ。 逆行出産を始めてから暫らく経過したとき、それはスッ-と、どこからともなく私の意識のなかに進入ったように感じている。
整列した数多くの記憶の中から、忘れている写真をとりだして見せることは、彼らの過去を振り返る動機となり、また見過ごした可能性を知る手助けになればと考えたのです。不意の質問を押さえ、暫らくのあいだ人生を振り返る時間を与えることにしました。自由な時間は新しい思考に、新しい気付きに接近するきっかけを作ることは、人生には、とても大切なことなのです。こうゆう自分でさえ、子供時代の記憶は数少ないものである。これまで無いと思つている自分の能力や可能性は必ずありました。それを脇に置いて現在の仕事を選択した。これは本当なのであります。この研修生たちもそれに違いない、それは誰にでも確実なことです。

 「周囲に注意をしながらも、あなたの身体は重く床に横たわり、気持ちはとってもゆったりとして居心地よく落ちっいていますね。そしてあなたの心は自由自在に羽のように軽く自分の肉体から浮上することができます。それでは、これから想像の世界に入ってゆきます。あなたの意識を一点に集中して下さい。そして自分の頭の方からすっと上に抜け出してゆき、天井近くまできますと、そこは見やすい位置ですから下を眺めてみましょう。自分の肉体やまわりの人々の寝姿も見えますね。これからあなたは浮上しながら天井を抜けだしビルディングの屋上に出るのです。よいですか、これから抜け出して行くのはあなたの意識です。 そう、あなたの意識ですから、自由に出てゆくことが出来ます。」

  室内は静寂の静止、そのなかに私の声の波動だけが活動している。
「晴れた深暗の夜空が目の前に広がってきました。星は澄み切った遠い彼方できらめき、右手のビルの上に半月が見えますね。そうして下を見ると、雪に覆われた街の灯りが色とりどり白い雪海の上に輝いて見えます。その光景はだんだんと広大を増し、あなたは高く高く飛翔してゆきます。今、ビロ-ドのような漆黒の空中に上がってきました。星がぐんぐんと近づいて宝石のように光り輝き、半月は右肩下に周ってきました。私たちが住んでいる地球の輪郭は漆黒に包まれ、地上半円を描いた地平線の周囲がほんのりと明るく見えるはずです。あなたは天に向かい自由に飛翔しながら舞上がってゆきましょう。」
 このあたりまで進むと、研修生のなかには睡りに落込んでゆく人たちがいる。これから私が暗示する出産経験の質問のためには、深層睡眠状態が必要な前提であるのだ。

 私の質問に彼らが応答できる態勢調整は深い催眠法のために、私は次の帰納法の段階に移行しなければなりません。
私の選択した1秒5サイクルの脳波振幅は、彼らが覚醒して自分の体験を記憶していることが重要な前提であり、またこれはもっとも危険性が少ないのです。
私は彼らが応答を憶えるに足りるほどの記憶が望みです。だから彼らの出産経験の情報を受け取るためには、1秒5サイクルの理想的な態勢を選びました。

「これから、私があなたに望むのは、現在の生涯にあなたが生まれ出でる以前のことです。あなたは生まれることを自分で選択してきましたか?」
 この質問に、私が与える正確な時間は5秒間です。そして答えを得ます。何故かと言えば、それ以上の時間が長いと、研修生は表面意識の影響を受けやすく、閃きの正確に欠けることを、私は多くの実験で認識がありました。急速に閃く答えは明白に潜在意識から出るものです。
そして、また時間を要する答えは、表面意識が“正確な感応”に対して彼らの観念や合理性により、あれやこれやの取引がなされることは、正確性に欠ける憶測の答えになりやすい。
私の探求には“超潜在意識による真理の応答が必定”なのでありました。

 「誰かがあなたの選択を助けていますか? でしたらその人はあなたとどの様な関係にありますか?」
 何故このような質問をするかといえば、私の最初の研修会で提出された出産選択決意デ-タ欄に、指導役または相談役の霊の記述を読んだとき、それまで霊界に無知だった私は、そんなことがあるはずはないではないかと非常な驚きと不信感に近い体験をしました。またその反対では、言葉にならない歓悦の感動と衝撃の感情でこの身はじっとしていられない状態になりました。私はそれ以来、自分の調査のために加入することにしました。
 「この20世紀後半の物質界を選択した理由は、何故なのですか?」
 「あなたは自分の性別を選択しましたか。何故なのですか?」
 「この生涯に、あなたが持ってきた目的は、どのようなことですか?」
 私の研修会に参加する、彼らの最大の理由はこの目的を知りたい強い願いがありました。多の人々は自分が何者であるか、なぜ存在するのか、その意味を探し求めていす。いろいろの書籍を読んだり、瞑想の修行をしたり、それらを通して自分の本質を求めていました。それはまるで人間の本能でわないかと私には思はれてなりません。
さあ今夜、彼らは自分を発見できるのでしょうか。 私のこれまでの経験からの判断では、すべてに答のえることは非常に困難なんではあります。

 私個人の場合は、3個の大きな目的がありました。2個は完成をなし、もう1個は現在進行中でまだ私の前途に連なっています。

 「今度は直接に、あなたの母親になる人に集中します。彼女を過去世に知っていましたか?。彼女とあなたはどんな関係でしたか?」
 「次に集中するのは、あなたの父親になる人です。彼を過去世に知っていましたか?。彼とあなたはどんな関係でしたか?」
「今度は、あなたは生まれる以前に、他の人々が今生に生まれて来ることを知っていましたか?。またその人たちを過去世で知っていましたか? あなたの今生に、その人たちがどのような役を演ずるのか理解はありましたか? 例えば;恋人であるとか、夫婦になるとか、あなたの子供になるとか、それとも兄姉になるとか、または親戚関係や親しい友人になるとか?」

 それらの逆行催眠の質問はゆつくりと間をとります。その理由は、彼らはこれらの質問に急速の閃きの答えを受け取っているのです。探求の幅が広い質問には、一分間の間を与えました。
 「これから私が指示することは、あなたの集中力を自分自身の胎児の発育にむけます。あなたは胎児の内側で経験しましたか?、それとも胎児の外側でしょうか?。何時あなた自身の意識が胎児と十分に結ばれましたのでしょうか?」


 私の質問シリ-ズでここの所ろが最も注意を要します。過去の実験からしても非常に大事な部分で、できるだけ念入れに、注意しながら段階を積み重ねてゆきます。最初に私が尋ねるのは、胎児の内側の経験から始めます。何故ならば、私たちの通常観念では人間の生命は受胎の時から宿るものと全般に推定されているからです。その傾向と偏見をデ-タに表記するのを避けるためでありました。

「あなたは母親の気持ちやあるいは態度など、生まれてくる前に気づくことができましたか?」この質問はまつたく私の好奇心の産物で、胎児の個性と母親の個性にどのような関係があるのか、または胎児は母親の気持ちを分ることができるのか、大いに関心が集まるところです。

「でわ、これからあなたは産道を下の方に動いてゆきます。痛みや苦しみはありません。
感覚だけで知るのです。いま産道を通ります。あなたはいま何を経験していますか?」

 この指示を与えないと、彼らが深いトランス状態に陥ていても出産経験のとき、彼らが実際に肉体的体験の痛みを味うからです。表面意識に戻った彼らは筋肉の圧縮とか、頭痛とかそのほかの衝激などの反作用を訴える人が出たりしました。言葉で経験の無痛を明示するだけで、彼らの不愉快な反応を除外することができます。

 「今あなたは産道から出てきました。産れました。何を径験していますか?」「あなたは分娩室の人々の感情とか、その他のことを知ることができますか?」

ここのところで私が知りたい彼らの答えは(肉体的な目で見ることができなくても)産まれたばかりの赤ちゃんの意識なのか、それともまだ霊意識のままの応対なのか、そうではないのか、その応対の出所に私の関心があったからです。



                                ---つづくーーー
 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時33分5秒
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  その3)

 最近になり人々に認識されるようになった麻酔手術中の患者が体験する“幽体離脱“の現象のように、産まれたばかりの新生児もこの現象が可能なのか、その実証を獲得したいからでもありました。

 「これからあなたは分娩室を去ってください。新生児から離別して、浮揚しながら天井を抜け上え上えと飛んでゆきます。空え空えと舞翻してゆきましょう。あなたはやわらかい光に満ちた温かい雲の上に来ました。美しい雲の上に着きました。手足を伸ばしてゆっくりと穏やかにくつろぎましょう。もしも残っている痛みや不愉快なものは、全て、すべて去ってゆきます。
あなたの肉体器官は正常です! 出産経験の旅の疲れや感情の興奮も静かに落ちついているはずです。体の内臓器官もすべて元どうりになりました。心身共にすばらしく新鮮で爽快です!。」

 この様に暗示を与えるにもかかわらず、ときには頭痛、それに悲しみなどが聞かれるのでした。それで繰り返し暗示をすることになります。それでも不思議なことですが、過去世の逆行記憶は、思いのほか気楽に終了できるのですが、産まれる出産経験は大変な努力と注意力を必要としました。

「今あなたは、自分の雲の上を飛揚しています。これから私が数え始めたら、もっと、もっと穏やかに平静な心になってゆきます。あなたは平和と調和に満たされた光に包まれています。一つ深く深く。二つ穏やかにゆっくり。三つ、四つ、五つ、あなたが包まれている光は水晶のように透明に輝きはじめています。 そしてそこには、一つの堅い薔薇の蕾があなたの太陽神経叢(みぞおち)の上に乗っています。薔薇の蕾の花びらが光線のエネルギ-で一枚一枚と微かに開いてゆきます。 そうです、薔薇の芯中が露出してきました。光のエネルギ-は舞ながら薔薇の芯中に満ちあふれながら、あなたのみぞおちと一体となってゆきます。その光のエネルギ-は温かい安らぎと愛の力であなたの心と身体に溢れているのです。」

 私が数年まえ初めて自分自身で自己催眠をしたとき、このイメ-ジのインスピレ-ションがどこからともなく意識に届いてきたのでした。
ある友人の話による、古代チベツト経典のマントラの、「蓮の花よ、蓮の花よ、ひらいておくれ」と類似していると思ったそうです。
私はヨガ体系やその狭義に精進していないので分りませんが、しかし、インスピレ-ションで習得した薔薇の修法は研修会でも歓迎され、そりに私は合理的なアメリカ人、それが有効だから使用しているにすぎません。

 「それでは、これからあなたのイメ-ジすることは、あなた自身が、遠い天空の彼方に閃光しているひとつの丸いボ-ル、その黄金の丸いボ-ルになったイメージをします。その黄金のボ-ルは闇黒の空間にくるくると回転しながら、だんだんと地球大圏気内に降下してきます。あなたが降下してくる場所は、西半球アメリカ大陸の純白の雪海に灯かりで浮いているシカゴの街です。
あなたの肉体を置いているビルディングの屋上から下の室内に入って行きましょう。 そして、今のあなたは黄金の丸いボ-ルのままで自分の肉体の上に浮上しています。さァ、いいですか。これから自分の頭の上からすっ~と自分の肉体に入ってください。できましたか?、大丈夫ですね。」

「1つ、あなたであるエネルギ-の球は頭上から、そしてあなたの顔に入てきました。」
「2つ、そのエネルギ-は顎の筋肉に流れあなたの首に流れ、、」
「3つ、エネルギ-はいまあなたの肩に流れ、、」
「4つ、あなたの腕から肘を通って、首、手のひらから指先へ流れます。」
「5つ、エネルギ-は肩から胴を流れ腰まできました。」
「6つ、今、腰を流れあなたのピップを通り抜け、、、」
「7つ、エネルギ-は股から膝に放流していきます。」
「8つ、エネルギ-は脚を流れ足首から足に向かい足指の先まに満ち、、」
「9つ、あなたの肉体全体に黄金のエネルギ-で満ちあふれた生命は、活動をはじめます、、、  新鮮な感覚とすばらしい気持ちでいっぱいです。あなたが目覚める用意は十分にできました。」
「10、ハイ、目覚めました。静かに目を開けて下さい。」

 彼らはゆっくりと、くつろぎながらも、鈍い放心した動きで;ここはどこです?、と言うような面持ちで、、、私を見るその顔は、、、まるで幼い子供のような微笑だけなのでした。
彼らの反応はどうであるのか。私の最高の楽しみは、この研修会が終って目が覚めた彼らから聞く、さまざな体験談に、私の胸はワイワイ、イソイソと落ち着くことを知りません。

それに今夜は、私の最後の研修会でもあります。
私が訪れたこの中部地区は西海岸カリフォ-ルニァと、どのような体験表現の異差が記録されるのか。その実験調査の結果がはたしてどうであれ、その証明と立証は、彼らの体験デ-タの記述は、後に続く専門家たちの参考として記録に、もしかすれば残るだけでありましょう。

 もしも、この実験の記述に異差が出るとしたら、それは地区による文化形態や信仰形態と日常観念による衝突が原因であるかもしれないないのだ。 簡単に云えば、彼らの表面意識と潜在意識の両面で行われる相克の現象であるとしか考えられません。




                               ---つづくーーー
 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時29分55秒
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  二章 シカゴ研修体験の記述

その1)

 明るくなった室内を見渡すと、彼らはゆっくりと起き上がり背伸をしている。長い四時間という間、床に横たわっていた彼らはいつもの研修会に付随する空間の彼方から舞い戻ったような表情は、まるで物質界に馴むことのできない透明感がありました。
彼らがデ-タ紙を、私に手渡すときのなんとも澄みきったかれらの微笑みです。静寂な雰囲気のなかにも、感嘆にたえない感情がふっふっと満ち溢れているのです。

一人の婦人は私の手を握り涙の雫を落としながら;「ほんとうに愛しいのです。あの~、あの幼児は自分なのですが、その児がいとおしくてなりませんでした。それに、あの世界と離別するのが悲しくて、辛くて、地上に来るのがこんなにも苦しいとは、今まで思ってみたこともありせんでした。 それに、小さな胎児になることの困難さです。 あの安らぎの光りと愛に満たされていた自分の幸福、その幸福をいままで失っていた自分が、ほんとうに、ほんとうに悲痛でなりません。」
 彼女の頬は、ぼたぼたと流れ落ちる涙の洪水、それでも彼女は惜しみなく微笑ます。私がいたわりの言葉をかけると、
 「ありがとうございます! え~ぇ、もう大丈夫です、落ち着きそうです。けれどもね、生まれることが、どんなに苦しいことであるのか教えて頂きました。それに死ぬことがどんなに素晴らしく嬉しいことなのか、二回の過去世の体験で教えて頂きました。それからすれば、私は生まれることのほうが死ぬことよりも、、、それは、悲劇だと思はれてなりません。」

 研修生のデ-タをぱらぱらとめくっていると、半分ちくのデ-タには、少量の記述しか書れていないのです。 それでどれだけの人たちが、この逆行催眠に深く入ったのか尋ねてみた。
約40パ-セントは、子供時代の写真を取り出して、数をかぞえ始めた頃からなんの記憶もないと証言するのでありました。そのなかの10人は睡眠に入りすぎ写真の指示も聞こえていないと言うのです。 12人はひとつの答えも取れない状態にまで入っていた。 あとの2人は研修中を通して、まったく日常の感覚でいたと、催眠術にかなりの抵抗があったようでした。
このような現象は、何処のグル-プにも現れる。 結果的には約50パ-セントの研修生が出産経験の質問に回答を記入していました。

 私が選択したケ-スを統計学的に分析した結果の現象に私は困惑しました。何故ならば、研修生の約90パ-セントが過去世の経験を記憶している事実と比較すると、何故、こんなにも出産経験は困難であるのか考えこんでしまうのです。

 たしかに、実際に体験する出産経験に伴ふ恐怖の思いは作用するのであろう。しかし、もう一方では、出産の選択肢に起因しているのではないのかと、私は感じるのです。
 もしも、過去世が空想の出来事であるとすれば、この出産も空想でなければならないはずなのです。彼らは少なくとも、現在ここに生まれている自分の存在は知るすぎるほど知っているのですから。それとも、各々の意識の段階の問題なのでしょうか。

それはともかく、もう一つの場合を考えてみると、1秒5サイクルの深まりで、ある人たちは逆行出産の旅を、ただ記憶できなかったのかもしれないという、推測もあるうるのです。

 このデ-タの蓄積から選別すると、40パ-セントのデ-タが優位に使える材料であった。
いつの場合もそうであるように、私の調査に必要なのは深層部から受けたその人自身が知る真実性の応答を求めるので、不当のデ-タは省いた:そのなかには先入観からくるもの、例えばある雑紙に私が発表した記事とか、あまりにも有名になった、レイモンド・ムゥ-ディ医学博士の本に述べてある臨死体験の描写“Life After Life”の影響だとか、或いは東洋秘法伝統のカルマに関する概念の影響であるとか、または、アメリカの大預言者エドガ-ケイシ-の書籍等の影響――。 しかし、それらを参考にした記述の発見は、実際に不可能でありました。

 研修生たちは毛布と枕を集めて、会場を退去していきます。微笑みながら、あるいは自分の思いと共に去てゆきながら、、、、溢れる感謝の言葉を述べながら行きました。
だけども、感謝をするのは私の方なのだ。何時も、何処でも私が恐縮するのは、調査に参加してくださる人々から、本当に大きなものを与えて頂く感謝です。

会場に、一人になった私は机のうえに積であるデ-タを読みながら、ある特徴に気付きました。 一番上にある若い青年の記述には次のように書いてあす。
「はい、私は選択して生まれてきました。ある霊人が自分の選択を助けてくださいました。その人の声は、私が最も信頼している方です。そしていつも私の力になってくださる賢明で親切な考えを持た霊人です。人生への期待は非常に積極的なものです。それから私の人生の目的は寛容な広い心を人々に与えことです。」

 次ぎは「この時代を私が選び生まれてきたのは、この時代の変動期で、そのとき何かの役に貢献できることは、人々が必要とする平静心です。男性の方が自分の仕事に有利です。現在の母は過去世で私の妻を務めた人です。私の父は私の息子でした。恋人や現在の妻については受け取れませんでした。」

 次のデ-タには「はい、生まれる選択は自分で決めました。そのとき、ある先生挌の人が指導をして下さいました。生まれることは私の願いでもありました。今生の目的に気づきましたが、今しばらく明確なことは、保留するように指示されました。女性で生まれることも自分で選びました。私は先の過去世では男性でした。現在の父母ともそのとき一緒でした。現在の私の夫や子供たちや、それに親戚関係は明瞭でありません。けれども、現在の叔父と過去世で関係がありました。私の友達が過去世から多く出てきています。私が胎児と結ばれたのは、母の子宮で生まれる前に一体になりました。母は明るい愛情の深い温かい人です。 出産の経験では、丸くなっている私の廻りにピクピクする感覚が起りました。 医者さんも安緒していました。母も大層に幸福そうでした。この出産の経験は私の喜びでした。」

 又次ぎは「私が胎児と結ばれたのは生まれる直前です。私の母はお産について非常な恐れをもっていました。 産道にいるときの私はぐるぐる廻りながら沈みゆくような感覚がしました。産まれ出て気付いたことは白い壁とこげ茶色の家具等です。」

 別な人は「この催眠の旅は不思議な体験でした。私は霊界で出産を待機している、霊人たちの集合の中から選ばれて生まれてきました。そのとき多数選ばれたのではありませ。」

 ある青年は、いとも悲しげな笑顔でデ-タを机に置きながら言います。
 「これは奇妙な旅でした。あなたに出産の選択を尋ねられたとき、私を襲ってきたのは強迫観念の感覚でしたね。それ以来質問の答えが取れず、気がついたときには自分は産道にいました。こんな不思議なこともありますか」彼はデ-タに次のように記述していました。
「選択は無と誰かに教えられました。来る人生を尋ねられたとき私の身体が押し潰される衝撃を感じた。今生の目的の閃きはこの人生経験は、私の必要課題です。この人生経験から多くのことを学び取る以外にすることは無い、その印象がすごく強烈的でした。また産道であの押し潰される感覚が胸にきましたが、産まれ出たあと深呼吸を何回かしていると、ただちに楽になりました。」

 私が次に手にしたデ-タには、「自主的に私は生まれてきました。選択をするとき私たちグル-プのひとりが相談に助力を与えてくれました。 人生の目的は人間の進歩に奉仕することです。この時代を選んだのは、この人生がカルマの縁に関係していることです。 私が性別を選だのは、今生では違った構成で他の人々と異なる関係を学ぶためです。現在の父母を過去世から私は知っています。夫は私の親しい友人でした。でも、子供達とは無関係のようでした。胎児と結ばれたのは、母が産気づいた時でした。産道の経験では自分のエネルギ-で私も働いていましたが、そのうちに自分でコントロ-ルできなくなったので私は憤慨したのですが、気がついたときは外に出いたので、そこに居る人々の感情には気づきませんでした。」

 また次は「いいえ、自分で選択して生まれたのではありません。私はまだまだ、自分が生まれる用意は出来ていませんでした。しかし、今生で私の妹になる霊の催促で決心しました。人生の目的は、過去世で親密な友人でありました現在の父と母が、素晴らしい関係を作りながら美しい人生を生る援助のために私は出てきました。」

 次ぎは「過去世の私は男性でした。現在の父を知っていました。私の母は同期の過去世で、二人は仲のよい親友でした。その時(過去世)、現在の父は看守の役で私を牢獄で鞭打った人です。現在の弟はその時も同じ関係でした。私が胎児といつ結ばれたのか、はっきり分りません。母は淋しい気持ちを持っていましたが、私を産むことに非常に喜しそうでした。」

 その次「産道の経験は非常に長い長い骨の折れることでした。私の印象では、母の補助をしていた女性は、たいへん疲れ切っていました。 私が女児で生まれて母は大変に嬉んでいました。私はこの人生に熱意があって生まれたのではありません。が、現在の父への義務で、他にはありません。この体験で私の真を洞察することが出来ました。本当に有難うございました。」

次のデ-タはシカゴのグル-プから最初にでた、大変に読づらい急流の書体で綴られた自動書記と言はれる、表面意識を拘束して書かれた深層意識の記述と言うものだった。
「はい、私は自ら選んで生まれてた。 一連の顔、顔が、私を囲む、その一番目は男性。その顔また顔の似顔、、、、、。存在する人間として生れるからには、その存在した生命の証を達成せねばまらない。霊が生まれたからには、何かをせねばならない。成就せねばならない。見よ求めよ、目的を探すものには与えられる。この時代に何を発展させねばならないのか、疑ふことなくその為に自ら参加せよ。その為には自らを進んで与え、与え、与えて行くだけ__。過去世を共にした人々が自分の子供となる為に私は性別を選んで生まれた。母は過去世からの知人、父の認識は無し。自分の夫も子供も、友達も過去世から縁のある人々、私が胎児と一体となったのは母の子宮から露出して最初の呼吸をした時である。」



                              ---つづくーーー



 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時27分38秒
返信・引用
  その2)

 次ぎは「私の母は、彼女が望んでいたような人生ではないので幸せな人ではありませんでした。それを理解していた私は彼女の力になりたいと考えて生まれました。出産のあと私が感じたのは、すごく可笑しいことなのです。なぜならば、分娩室の人々は、赤子の私がなにも知らないと認めていますが、赤子の私の方がなんでも解っている。可笑しい、そうでしょう。」

 その次ぎは「結局、私は選んで生まれてきました。“何故”私が生まれ出なければならないのか、大変な議論に巻き込まれ、激しい叱りを受け、やっと私も納得して、出産の選択をしました。今生の期待ははっきりしませんが、強く感じたのは責任と義務です。わたくしに閃いた目的は、矢が的を中心に定める如く目標に向って進み、素晴らしいものを作りだして、美しい人生にすることです。女性を選だのは女でしか知ることのできない女性感覚を学習するためです。 私が現在関わっている人々はほんど過去世からの縁です。出産の決心に時間を取りすぎ、胎児の中に入ったのは陣痛が始まって、やっと間に合いました。産道で母の感覚に気づいていましたが、産まれ出た以後の印象は、霊的にも肉体的にも不明な痛みに感覚が失なはれ、後のことは分りません。」

 次の記述は、この新しい人生は、人々を幸はせにすること、人々の為に尽くすこと。
「ここの世界が(あの世)私にはいちばん住みやすい場所です。あなたに生まれる質問を聞かれたとき“またぁ~、生まれるの?”私は非常に不愉快になりました。二人の指導役の霊から、私の母になる人がどれだけ私を望んでいるのか、私に見せて下さいました。それと同時に彼女の愛と保護の姿も見せてもらい、その安心感でやっと生まれる決心になりました。
私は過去世で幾つもの事を成しとげましたから、暫らく長い休養が欲しかった。生まれるのは、少し早すぎました。今生の目的ですか、それは、私がこの地上にきたのは、毎日の生活のなかで、人々を幸はせにすることです。特に宗教とか、なんとかを教えるのではなく、日常の生活のなかで関わる人々に幸せを作ってあげることです。二十世紀は、のんびりとできない混乱と粗悪な時期の認識はあっので、その理由のひとつが、私は生まれて来たくありませんでした。 それでも、人々を幸せにできる方法は女性のこまかい心づかいが大いに有効します。 母とは過去世からの知り合いです。父のことははっきりしません。私の夫とは深い縁のある人です。 母が私に勇気を与えてくれたから、今生の私はあります。本当に有難い感謝です。この生涯の目的は、自分の為にではなく、人々の為に尽くします。」

 次の記述は少し変った男性の方ですが、あの世では女性を希望していたのでした。
「それはそれは、実に大きな決断でした。指導役の霊と私は長い長い間、いろいろな論議と構想を練り上げた結果、私は大変な学修を受けさせられた。一つの目的は物質至上主義の戦いから自由になること。 もうひとつは、男性的な女性的な感性と愛と力のコントロ-ルを学び取ること。 20世紀を選んだのは、この世相の複雑な困難に耐え乗り切るには、男性が有利だと指導役の霊と私の考えが両方一致したからだ。 実は女性の優雅さを楽しみたいと望んでいました。 だが、混乱時代の難しいテストは男性に限ります。現在の父母とは過去世からの知り合い、妻もそうだ。その他の人々との関係はどうだったかよくわからない。胎児と結合したのは受胎時だった。 縁とは面白いことに、過去世の母と私は敵対関係者であった。この二人はすることなすことにお互い反意的で 彼女もどことなくその事を知っているのが分かる。」

 次も男性で、別の理由で性別を選択している。
「自分で選択してきました。私のこの決心は、高級指導者の助言の賜物です。来る人生に私は興奮していました。目的は他の人々の役に立つこと。私に閃いた20世紀は宇宙圏外の時期と受け取りましたが、それと自分の関係が判りません。男性を選んだのは、そのほうが明確に優勢であり、今生の私には必要なのです。母は過去世からの人ではないが、父とはエジプトの地で人生を共に送りました。それに現在の同僚たちはロ-マ時代の過去世に、私が指揮をした者たちです。 胎児の中に入ったのは生まれる少し前、母の肉体のなかは温くて気持ちよかったです。 でも母がお産に強い不安感を持つていたのも私は知っていた。 産道の体験は苦痛はなく滑り落ちる感じです、産まれ出た私は寒くて寒くて、自分の肌が青白くなった。それを見て医者は笑っていた。 礼儀のない輩だ。」

 次の人は出産の選択は喜びではなく、義務だというのです。
「私の出産に助言してくれたのはある霊と現在の兄の霊でした。今生で私が学ぶことは多数あります。自分の神経質的や感情的になりやすい習性の傾向を修正すること。そしてこの時代を選んだのは、過去世の仲間である現在の家族や友人と共に、この時代を経験する義務が私にありました。女性を選んだのは母親になる経験です。現在の母は過去世では私の妹でした。父はある過去世でも私の父でした。それから、夫や子供達や友達も過去世からの人々です。いつ胎児と自分が一体になったか明確ではありませんが、分っていることは胎児に入ったり出たりしていました。 産道のなかは狭いけど温く、出たあと消毒されたこと。 室内の雑音は煩く、また光線が強すぎたことです。私の魂は幾多の過去世については、今は保留していたい感じでした。」

次ぎは「私が誠実と愛をもって尊敬している、そして素直になれる賢者の霊から、この時期に生れるのは私の徳であることを説得されて、自分の出産の決心をしました。私のことを彼は非常に親密に考え、そりでいて断固としたものを持った霊です。生まれ出る生涯のことを思ふと私は非常に怖いのでした。 人生の目的については、賢者の霊からの指導と守護を受ける約束がありました。性別についてはとんと判りません。母親は知っていたように感じますが、明白ではありません。 父とはまさに過去世の縁です。子供達の中の一人は過去世からの知人です。 胎児と結合したのは妊娠5ヶ月頃でした。母は自分が妊娠したことに少しの後悔と不安がありました。 私の顔は産道でつぶされ、腕がだらりと落ち、出てきてからの室内は寒くて寒くて、その寒さのなかを母親から強引に離され、まぶしい光線にさらされ不愉快なことばかりでした。分娩室のことは、全て気づいていました。」

 次は愛の実践が目的であると。

「生まれてくる感覚は現実そのものでした。 胎胚が養成してゆくのを私は観察をしながら、胎児とはどうゆものであるのか実際に経験をしました。 自分には逆行出産への旅ではなく、現在進行形の旅でした。 出産は自分で選択しました。天上界では愛するグル-プの霊達から支援と勇気を与えてもらいました。地球に新たに生まれるよりも私はこの霊達と共にそこに残ってかった。 私の目的は、唯一つ、愛の実践です。女性に生まれたのはそれが自分には自然なことです。 母は過去世で私の妹だった人です。父と夫は未知の人たちです。 子供たちは過去世から縁があります。産道は気持ちよい温たかさでした。分娩室は子宮の中にくらべると大変な活動で粗末な感覚に襲われました。」

 次は、「私は地上の出産を命令され、それに私はただ服従しました。 誰に命令されたのか判りません。反抗は感じませんでしたが、しかし、私はまたの人生を生きることなど考えてもいなかったので、出産について私は深い理解は持っていませんでした。この人生の目的をひとつだけ理解しています。それは牧師として根本的な心の教えに勤めることです。 母親は過去世で私の妹でいつも議論の相手。 それから父親はある過去世の人生で私の祖父を務めた人です。 現在の夫は、アメリカン・インディアンのフ-族が過去世で、その時の私はフランス系の神父でした。そのときの二人は良い仲間ではなく、再び、今生は新しい絆で一緒になりました。」

 次の人はこのように、「そこには相談と指導をしてくれる12名の霊たちがいました。彼らのアドバイスにより、私はやっと自分で生まれることを決意はしたものの、喜び勇ましく今生の周期に出てきたのではありません。 私の目的は特殊教育が今生の仕事です。この二十世紀はその種類の教育が好意に受け取られる環境の時代となります。 父と夫は過去世からの知人ですが、母は未知の人でした。 私が胎児と結合したのは出産する一日まえです。母は不安と悲しみを感じていました。 産道の経験はとてもスム-ズでしたが、胎児から私は離れ浮いていたので、誰かの注意の言葉が聞こえたので、私は幼児のなかに入りました。」

 それらのデ-タ書類をカバンに入れながら、早くカルフォ-二アの自分のオフィスに帰って、これらの応答の統計書類を作ることを考えていました。 これから他の人たちと共有するために、自分の研究発表を出版する準備に多忙になることでしょう。

これもすべて750人名の研修生たちの、無償の調査協力と奉仕を与えていただいたこその、大きな結果でありました。 それ以上に、それらの人々の熱意の探求を支援する霊人たちの恩恵を含めて、私はここに、改めて心から深い感謝を捧げたい。



                                ---つづくーーー
 

Life before Life

 投稿者:モナド  投稿日:2018年 1月 7日(日)12時24分51秒
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  三章 再び、誕生の選択肢

その1)

 いかにも人生とは、予想もしない困難や不愉快なことの発生ばかりだと、そうみなさんも思ふでしょう。 そうでありながらも、私たちは肉体人生の無明な生命にしがみつき、死の恐怖に慄くのではないのでしょうか?
現代西洋医学は、人間の肉体生命を維持する為に、あらゆる医学技術を競い人間に貢献しているとも言えるでしょう。 それは最高な世俗文化の聖なる事業であります、価値基準であります。 大災害の統計は生命の死亡率で計られ、生き残た者たちの苦痛や苦難を計算されたとしても、それは全て生活上の利不利的な統計である。
人間の背後で多くの恐怖の動因を支えているのは、強い死滅への恐怖心の弾き鐘こそが役割をしているのではありませんか。
 ある哲学者の理論によれば、『この未知なる死えの恐怖が世界の宗教を支え、この恐怖を意識から取り除く自我の願望として成立したのが“天国と地獄”であり、転生輪廻の根源である』と解釈しています。

 けれでも、本当に恐れるているのは死ぬことだけでしょうか。 死に直面する精神的な苦痛と、肉体の激痛の経験ではないのでしょうか。私たちは、突然に起こった友人の死亡を聞くと、「彼は心蔵発作で、あっとゆうまに逝ってしまったらしい。長期な病気の苦痛みでベッドに縛られることもなく、眼むりのうちに死で逝くなんて、なんと情け深いお恵みに授かったことでありましょう。」 そのように私たちは考え会話をしながら、自分の死ぬ様子をかさねあわせて想像するのです。 真実のことを知らない私たちは、イル-ションの世界を実在と信じたいのです。
あのシイクスピアでさえ、ハムレツトに言わせる:「希の夢をみるために眠るとしよう、だがもしも、眠のなかで死だら、どんな夢を見るのだろう」と、思案する。なんと気になるダイロ-グであることか。 この思案こそがハムレットの物語の礎だと私は考えています。

私の研修会は催眠術による出産経験と、三回の過去世の生涯とそれに付随する三回の死ぬ経験を一連とする構成であります。この研修経験の死は各人の自由選択の希望で構成されていました。
 研修会に参加した750人名の全参加者の10パ-セントは死ぬ経験は希望していません。そして、そのなかの2パ-セントが三回の過去世と死の経験を拒否していました。
これはひとつの“白中夢”もしくは“記憶”による過去世の死でありますが、また、もう一方では実際に死を体験することにもなります。この逆行過去世の経験は、私の仕事である催眠治療学ですから、私自身はそのどちらも選択肢を主張はしていません。

 唯ひとつだけ言えることは、この逆行催眠の体験をしたあと、死への恐怖心から開放されることを多くの人たちが証言していることだ。その中のひとりであるナンシ-は次のように話してくれました。
 「過去世の体験をしても、それは自分の作り話と自分に云い聞かせていたのですね。現在の生命のほかに自分に別の生命があるなどと? 信じられます??? でもね、あの、、、、研修から、、、、二日ほど経ってから、ほら妙に、なんて言えばいいの、、、そう、、、そうですね、正直に正確に表現すれば、、、その重大なことに気付いたのですよ。 私はね、私は小さい時から人には考えられないほど、歯医者にゆくのが怖くて怖くて泣き叫ぶ、そんな私をね、どうすることもできなの、誰にも出来なかったの。それでね、いままで自分の歯の治療をしたことって、全然ないのです。絶対!!ですよ。それ分ってもらえます?。
 私にすれば治療するのが怖いのではなく、あの、麻酔、、、なるもの、あれって、無意識にすることだって可能でしょう。それがとっても怖ったのね。 私に云はせれば、その無感覚・無意識状態になることは死と同義語だったのです。でもね、気がついたら無意識になることも、死ぬことも怖とは感じない自分に成っているではありませんか。ほんとうのことですよ。これ非常に、非常に大いにありがたいことです。 ほんとうに、本当に体験してよかったと思っています。」

自分で体験した研修生の90パ-セントの人々は、死とは喜びで、善きものだと私に教えてくれるのです。だからと言って、誰ひとり今の人生を無駄なものとは考えていません。以前よりももっと積極的に惜しむことなく、各々の目的に強く生きていることを、観察できるのは、なによりも素晴らしい賞賛でありました。
  それでてっきり私は、生命として肉体に宿ることは憧れであり安易な過程だと思い込んでいたのでしたが、これは私の間違いだと分かるようになってきたのです。

 研修生たち750人の出産経験の81パ-セントの記述によると、自から生まれてくることを選択しています。だが、私の質問の方法が間違っていたかもしれないと思うはれる、記述にも数多くありました。 大多数は選択をして出産したにもかかわらず、かなりの多数の人たちは気持ちが進まずに、指導や相談を受けた以後、自分の出産を決意していることでした。 彼らの記述よれば出産に対して、自由意志の辞退は認められているけれども、自らの義務感に服従したのだとありました。
 この世的に翻訳すれば、それは多少なりとも若者たちが、国家の為に志願兵隊に奉仕する服従にも似ていた。 我が心は進まないが、、、、その義務に同意する、と。

 さて、自由意志の選択で生まれた人々も、彼らの心の姿勢は多様性に富んでいます。
それらの中でも28パ-セントの彼らは、来たる人生に緻密な計画を立て、用意万端で再びの誕生を待機していました。 (下に続く;例-xxxxは研修生グル-プ番号です。)

 例-A157「私は選択をして生まれました。生まれることは、自分の仕事を通じて世のなかに役立ことであります。また、過去世で達成できなかった仕事の続きをする為です。それで今生の経験を熱望していました。」

 例-A176「はい、私は生まれることを選択してきました。 私への支援のエネルギ-が私の周囲を取り巻いていました。それでなんの心配もなく、最終的に自分で決心しました。」

 例-A217「出産の選択に、私は相談になてもらいましたが、結局は自分で選びました。いくつかの胎児のなかから身体を選ぶことができましたが、本来のものを選び取りました。何故ならば、共に生活する人々を知っていたからです。今度の人生に大きな喜びと期待はありました。ただ、母になる人の健康だけが気がかりでした。」

 例-A220「はい、多くの霊たちのアドバイスと共に選んで生まれました。私より先に来た人と逢えることが楽しみでした。」

 例-A393「はい、生まれることを選択してきました。私は幸福と自信でいっぱいでした。選択を助けてくれたのは共に地上に来る人たちでした。そして、私たち一人一人に指導もあり、明細な務めの役割をいただきました。生まれて来るのが嬉しくて、必ずうまく自分の仕事をやりとうしてみせます。」

 例-A372「はい、生まれることを選びました。そして私の小さいグル-プが選択を手伝ってくれました。私たちは6人からなるグル-プでした。地球上の今生の希望と期待は、胸がワクワクするような出来事の変化に自分が参加できることです。私が出産を選択していたそのときから、自分の将来で一緒に出会える人々を知っていました。そのなかの誰かが私に教えと手助をしてくれるそうです。」

 例-A349「はい、私は生まれるのを選びました。私は生まれたくって、ウズウズしていたのです。積極的な素晴らしい人生を期待しています。」

 例-A345「私は選択して生まれました。私の囲りに人生について助言や指示を与えて下さる霊たちがいました。私は肉体に宿る時がきていることは理解していましたが、実存世界でエネルギ-でいるのが好きなのです。でも胎児に入ったとたんに、私は生まれることの喜びを知りました。」

 例-A325「はい、生まれることを選びました。グル-プの評議会でアドバィスを与えられました。その霊たちは大きな木製の椅子にかけ、ある古代の衣装を着ていました。私は予定した課題について学習を修めることも分っています。ですから、予想の見通しは明確です。」

 例-A302「はい、私は生まれるのを選びました。四、五人の霊たちに囲まれた会議で私は来る生涯についてアドバィスを受けました。このたびの人生の重要性は分かるので進んで生まれます。それに相談役の霊たちもこの時期に私が下生するべきであると強要しました。」

 例-A576「はい。私はまるで我々を代表して、前もって生まれる選択をしながら待っていました。 私が求めれば指導はありますが、生まれる決意と人生の計画書もあるので、指導はありませんでした。来る生涯の予想目的について、自分の胸に閃めいたのは“正義は原理である”と云う言葉です。」

 例-A443「私たちの魂グル-プ全員賛成の結果、私は生まれる選択をしました。地上にくるのはまるでビジネスで出張するようなことだと私は思うのです。この廃頽した時代のなかで私自身を試して克服することです。すべて-OK-です。」

 例-A15「私は確かに生まれることを選択しました。選択の助言をしてくれた人は男性です。
私たちは深く愛し合った仲でした。それで私たちは下界の胎児を眺めていました。
不思議です、それはまるで両親が赤ちゃんを、育児室の窓越しから眺めるのとそっくり。自分で選択した赤ちゃんは充分満足です。来る生涯の予定に関する私の考えは、選択したからには自分の存在の重要な部分に、ほんとうの意味で磨きをかけることです。」



                               ---つづきーーー
 

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